今更こんな事は言うまでもない事ですが、人生とは人が生きる事です。

 そうであるなら当然、人について、人間について知っておく事は重要ですが、日々の生活に追われ、仕事のことや家庭の事などで頭がいっぱいで、ほとんどの方は、人間についてとりわけ命については考えたりする事はないと思います。

 そしてまた、このような事は学校では教えてくれないので、尚更考える機会は無いかも知れません。

 学校で学ぶ事に、道徳とかがありますが、一般的に道徳とは、人として守るべき行いとか、社会を円満に営んでいく為にすべき行い、と言うような意味で捉えられていて、人間についてごく表層の部分でありそれほど深いものではありません。

 その意味では、四柱推命などで言う「気」の活動もごく表面的な部分の事であるといえます。

 もっと詳しく説明しますと、比較的表層に近い深層部ということになります、ですから目で見たり、聞いたりするだけでは不確かで、心で感じ取るしかありません。

人の心は甚だ深い

 これは人間に限らずすべての命に共通する事ですが、生命の奥というのは甚だ深いのです、例えて言えば地上は一階建てであるが、地下は何階にもなっているようなものです。

 当然、地上は外から目で見ることができますが、地下は想像を働かせて観じ取る以外にありません。

 そこで気になるのが、大事な部分は目に映る部分か、目では確認できない部分かいう事になる訳ですが、目に映る部分と言うのは現れた結果ですので既に過去形です、反対に目では確認できない部分というのは現在進行形です。

 従って、目に映る部分(肉体)より、目では確認できない部分(精神)に大事な事は含まれています。

 しかし、実際には心に迷いがあると、私達は目に映る現れた結果に惑わされて判断を誤り、大事な部分を見落としてしまう事が多々あります。

 要するに、精神も表層に近い位置で考えるのではなく、より深い深層部で考える事が重要な訳ですが、それには強い一念が必要になってきます。

 人生は強い一念を持って、浅い事に執着することなく、深いことに執着すべきなのである。